2009-01-01から1ヶ月間の記事一覧
教育に携わっている友人との会話から、ちょっと・・・ 教育も、最近では、ずいぶん怖いものになってきてる。 何の話かって? どうも書けないんだよね。ちゃんとした日本語の文章が書けないんだよ。 主語がなかったりね。話し言葉がそのまま書かれていたり。 …
昔の人は、えらいことをいろいろ言っている。 頭では、理解できるのだけれど、なかなかそんな思い切ったことは言えない。 こういうことを言う人は、本当に心身をもって、わかっていたのだろうかと疑ってしまう。 えらい人だから、わかっていたのかもしれない…
親は、子どもの躾をしっかりしなければいけない。 でも、愛情をもってしなければいけない。 昔の言葉でいえば、「慈」、親の子に対する「いつくしみ」からくるものでなければいけません。 でも、「なければならない」と言っても、それは、本当は、親の自然な…
彼は、それが世の人々の声と信じて言った。 「やっぱり横綱は強くなくっちゃあ!」 失礼ながら、 神聖な場で、品格のない人が、品格のない横綱を称えた。 それはまさに、品格のない宰相によって、相撲が格闘技にされた瞬間だった。 もっとも、私の友人などは…
人の道とは、性(せい)に従うものだ。 人間の道とは、人間の性(せい)に従ったものだ。 ここで言う性とは、天の命(めい)のことだ。 天の命とは、大宇宙の理と言ってもよい。 この大宇宙の理が人に伝わっているものが、人間の性だ。 ここには動物の性もあ…
人を、人間を、生きているものを、物のように危(あや)める人は、自らも物と化している人なのだろうな。 というか、 人が物と化した時、人はそういうことを平気でしてしまうのだろうなあ。
自我が強くなりすぎるのは良くないのですね。 なんでも自分でコントロールできると思ってしまうのも、自我が強くなりすぎていると言えますね。 横柄さや傲慢さ、謙虚さのなさ、これらも自我が肥大することによって起こってくると思います。 世の中だってこう…
「習」という漢字がある。 「ものを習う」などと言って、使うのだけど、 この漢字は、「羽」と「白」の字でできている。 この「白」という字は、色のことではなくて、鳥の胴体の象形文字からきているらしい。 そこで、「習」の意味だけど、 幼鳥が、親鳥の羽…
生命力、これを徳と考えてもよいのかもしれない。 生命力とはなんだろう。 それは、備わっている能力を開花させようとする力かな。 生きているものは、みんな、それぞれにこの生命力をもっている。 そうすると、みんな、徳をもっている、という言い方ができ…
心は身体に制約されて本来の善性を常に全面的に発現することはできない。(参考;吉田公平『伝習録』) 人の本性が本来的に善であるかどうかは、私にはわからない。 しかし、人は、いのちあるものとして、いのちを開花させようとする働きを、本来的にもって…
高度な経済成長を遂げた社会に生きています。 物に満ちた世界に生きています。 情報の溢れた社会に生きています。 欲求を煽る社会に生きています。 豊かさのなかに生きています。 身奇麗に生きています。 常に、転落することを怖れて、生きています。 自分の…
他者や他国の良心(「他国の良心」などというものは存在しませんが有ると思っている人もいるかも知れません)に訴えて、平和な社会が「実現する」と考えてはいけない。 他者や他国の良心に訴えて、人殺しのない世界が「実現する」などと考えてはいけない。 …
軽い社会とは、うわついた社会と言ってもよい。 お笑いものが流行るというのも、現在が軽い社会であることの現れだ。 軽いものは浮遊するほどのものであるから、長くは持たない。 廃(すた)れるのも速いということである。 浮ついたものが一時的に流行って…
まじめであるというのは、誠実であることだ。 人のまじめさを笑ってはいけない。 人のまじめさを笑う者に出会っても、しょげかえってはいけない。 しかし、向きになって怒ってもいけない。 向きになって怒るようであれば、たちまち笑う者と同レベルになって…
目先のことにとらわれていると、いのちまで目先のものになってしまう。 三浦哲郎は、その作品の中で、次のように言っている。 「自殺ってやつは、あとに残る者へ自分の中身をそっくり預けて、抜け殻になることじゃないか。 死んだやつはそれで楽になるが、あ…
彫り物師、彫刻家、仏師など、それなりに経験をつんだ人たちは、 作るというよりも、もともとそこにあるものを彫り起こすのだ、 と表現することがある。 「人が成る」というのも、それに似た思いをすることがある。 自己実現というのも、それは常に過程のう…
・・・いまこそ言はう 人生はのろさにあれ のろのろと蝸牛(ででむし)のやうであれ ・・・ 一生に二どと通らぬみちなのだからつつしんで 自分は行かうと思ふと (山村暮鳥「自分はいまこそ言はう」より) この詩は、以前にも載せたかもしれない。 かつて自…
夫婦というものは、互いに睦まじく暮らすのが良いとされる。 しかし、睦まじく暮らすには、互いが夫婦の別をわきまえていなければならない。 夫婦がその別をわきまえるとは、互いが互いの違いを踏まえ、その違いを尊重し合い、共に暮らすということである。 …
人に向けて発せられる言葉には、思慮をもって発せられるものと思慮なく発せられるものとがある。 思慮なく発せられる言葉には、自分の上辺や私情から出てきたものと自分の心の穏やかな奥底から出てきたものとがある。 思慮なく、心の穏やかな奥底から出てき…
女性の社会参加という言葉はすでに古くて、当たり前で、消えてしまったような言葉なのかもしれないが、それでも女性はやはり家庭を守る柱であって欲しいと思う。 そして、その役割に誇りを持つ人であって欲しいと思う。 これは、回帰である。 女性の社会参加…
私の友人、知人のなかに、もう仕事をやめたいと言う人たちがいる。 皆まじめな人たちばかりだ。 若いときには、どの人も仕事に熱情を持っていたに違いないのだが・・・。 話をし、その理由を考えると、 行き着くところは、その仕事が何のためか、誰のためか…
現在は個人主義が行き届いている時代だ、と言えるのかもしれません。 人が「個人」を自覚するようになるのは、確かに良いことです。それぞれが自分をより自分らしく生きようとし始めるのですから。 しかし、難しいことも出てきます。それは、個人と個人、個…
「信なければ立たず」という言葉が論語のなかに出てきます。 信じることが無ければ、成り立たないということでしょう。 何が成り立たないのか。 「人」にまつわることです。 それは、「私」のことです。 それは、「私たち」のことです。 それは、「恋人同士…
こういう表現をすると、なにか特定の宗教の話だと思うかもしれないけど、別にそういうわけじゃない。 それは、古くから言われていたこと。でも、近年の教育で、教えられていないこと。 こういう考え方は、東洋思想では千年以上前の話にさかのぼるのかもしれ…
昨晩、テレビを見ていて興味深いシーンに出合った。 というのは、人は判断の誤りを繰り返すと、自身の判断に対する自信を失うという、その心理学的実験を見た思いがしたからだ。 それは、数組の出演者たちに対して、複数の出題について二者択一の判断をして…
品性ということについて考えようか。 人間には「品性の人」と「品行の人」という区別がある。 品行の人とは見せかけの品のよさを繕う人だ。地位やそれなりの財をなしている者の中には、こういう人が多い。こういう人の場合、それが見せかけであることを見抜…