2011-03-01から1ヶ月間の記事一覧

父母(ちちはは)、子について考える

人の心から、己が父や母への思いを消し去ることができるでしょうか。 父の顔を知らず、母の顔を知らずとも、人は父・母への思いを消すことはできません。 母を失い、父を失って、遠く歳月を経ても、それでも母・父への思いは消えることがありません。 父・母…

自身の価値観を大切に生きる

人として生まれて、自身の価値観を大切にして生きなければ、それはそれはもったいないことのように思います。 ここでいう自身の価値観というのは、もちろん私利私欲のよる価値観ではありません。 真の価値観というものは、きっとどの人の本来的な心も頷(う…

後悔という病

後悔先に立たずと言う。 「後で悔いても取り返しがつかない」ということだが、だからといって処理すべきものはやはりそれなりに事後でも、いや事後であるからこそ、しっかりと処理しなければならない。 仕事の上のことなどは、まさにそうだろう。 一方、心の…

仁について考える

「仁」という字は、人の名によく使われている。 といっても、最近の人の名にはあまり使われない。 それは、おそらく、戦後の占領政策によって、教育の改変が行われ、人の道を教えることがあいまいにされてきた一つの結果だろう。 現在、「仁」という語の字義…

ディベートと人の判断価値と共存の原理

人間の価値判断(判断価値)というものは、すべて主観に出で、随って相対性を免れ得ない・・・(したがって)・・・たとい自分の説が是であると思っても、人から見れば非となり、人の説が非だと思っても、その人には是である。だからわが説を固執して論争し…

子供の教育と人のモデルについて

人格者などという言葉を、今の小中学生のどの程度が知っているだろうか。 また、青年たちの誰もが知っているのだろうか。 教育の場でも、ほとんど使わない言葉になっているのだろうか。 ましてや仁者などという言葉は、さらに知らないのではなかろうか。 も…