2007-01-01から1年間の記事一覧

生きててもいい?

「生きててもいいんだろうか?」 なんて、 問いかけをするのは、人間だけなんだよなあ。 数の知れない生き物のなかで、 人間だけが、 こういう問いをもつんだよな。 考えてみると、 この問いって、 ずいぶん傲慢な気がするなあ。

大好きな人と一緒にいる幸せ

大好きな人と一緒にいるときって、幸せだよね! これってねえ、 言っておくけどね、 子供だって、 若者だって、 大人だって、 年寄りだって、 みんな、そうなんだよ!

幼い人を思う

年を取るほどに、小さな子供がかわいくなるってことがあるようだけど、 年を取るほどに、小さな子供のいのちがいとおしく思えるようになるって方が、いいね。 年を取るほどに、小さな子供のいのちの方が、ずっと大事に思えて来るんだ!

素直なままでは生きられない?

素直に生きたい? だけど、素直なままでは生きられないよ! なるほと、 だけど、素直さを大切にして、生きることはできるよね!

だめなものは、だめだね

だめなものはだめなのに、 なぜだめだか考えることが大切だ、などと言って、、 結局、だめなのかどうか、うやむやになったりするんだ。 人の考え方というのはいろいろだし、人の置かれる状況というのもさまざまだからね。 こういう人は、 偉い人だけど、おろ…

老いてもなお我を張る

老いてもなお、通さなければならない我は、あるのだ。 しかし、そもそもが、 我を張らねばならない状況になることこそが、問題なのだ。 してみると、 そうした状況にならないようにしたいものでもあるし、 また、そうしていただけると、まことにもってありが…

謙虚さの使い分け

謙虚に応対していると、 いつの間にか、 その人と同等かそれ以下に扱われたりすることがある。 挙句に、その人の周りからも、そのように扱われていったりする。 自分を基軸にした社会関係の展開という点で考えると、それは、あまりよい状 況を生まないかもし…

身を立て、名を上げ・・・

07年3月9日続編 (なぜ、この時期に再度この話が、なんてことにはお構いなしに・・・思いついたので書いておこう。。) 仰げば尊しの歌詞、「身を立て、名をあげ、やよはげめよ」、 これを、単純に「立身出世のために励め」と考えている人がいる。 仰げ…

幼い子ら

いのちの幼さを、 不憫に思って・・・ 涙が出てくるんだ。

信じる救い

信じるものは救われる、ってことは、 ・・・あるよね。 いつも、とは言わないけれど。 何も信じないで、不安のままでいるよりも、 何かを信じて安心しているほうが いいときもあるものね。

自分を不幸にする自分

人というのは、悲しいことに、 自分で、勝手に苦悩しているときがあるらしい。 自分で、自分の傷口を広げたりするときがあるらしい。 自分で、自分をだめにしているときがあるらしい。 自分で、自分の力をそいでいるときがあるらしい。 自分で、自分を不幸に…

身勝手な人の苦悩

身勝手なことをしていて、 やがて、 もがいて、 あれこれ言って、・・・・。 それって、 全部、身勝手なことじゃないか! そういうのを、身から出たさび、って言うんだ。 勝手にしなさいって、思うよね。 関わりたくないんだよね。

代わってあげたいって思う心

愛している人が、本当に苦しんでいるとき、 できるものなら代わってあげたいって、思ったりするよね。 でも、人にそうした心が生まれることを信じられないって人もいたりするね。 そういう人って、 愛するってことが、 まだ、 わかってないのかもしれないね。

出会いの喜び

以前から知り合いだったような、 そんな気がする人っているよね。 そういう出会いって、うれしいんだよね。 「あなたに会えて、本当にうれしい。」って、そう思うんだ。

老いてなお欲深いというのは

若いときには、欲をもつものだ。 欲を出さねばならないことも多いからね。 老いてくると、欲も乏しくなる。 欲を出さなければならないことが、少なくなるからね。 しかし、老いてもなお、 欲深い人がいるが、これは、見苦しいね。

子どもたちにありがとう

子どもたちが、 ぼくに、 やさしい日々を与えてくれたんだ。 だから、 ありがとう、って言うんだ。

泣きながら食べる

子どもに、 泣きながら、ご飯を食べさせるなんてことは、したくないんだ。 子どものときに、 泣きながらご飯を食べたことがあるから。 泣きながら、ご飯を食べたことを、覚えているから。 だから、 子どもに、 泣きながらご飯を食べるなんてことは、 させた…

一人ぼっちと愛

一人ぼっちだ、って思うときは、 愛する人がいなくて、 そして、 愛してくれる人がいないとき、じゃないかなあ。 正確には、 愛する人がいなくて、愛してくれる人がいないって感じてるとき、と言うべきなんだろうけど・・・。

まだ、いいじゃないか!

それでも、まだ・・・って、考えることは大切だ。 特に、苦しいとか、つらいとか、打ちひしがれそうな時にはね。 自分で自分を、穴の底の方へ押しやっていきそうな時にはね。 それでも、まだ、自分は良い方だ、彼らを見てみろ、とかね。 I'm poor, yet I'm h…

いらないことは聞かない!

年寄りの耳ってのを馬鹿にしちゃいけない! えっ、何の話かって? まあ、とにかく、どっからでも、役に立つことは拾ってきたいわけよ! それでね、 ほら、年取って、耳が聞こえにくくなってさ、 なんか、おかしいときがあるじゃない? たとえば、 自分の都合…

生きる意味を問い続けることで・・・

生きているということはどういうことか、 生きるということがどういうことか、 そんなことは、教えようもないだろうし、 教えられようもないのだろうが、 それでも、求めざるを得ないところに、 生きている人間の悲しさがある。 せめて、先人の教え(のごと…

生き方を考えるゆとり

居、食、住の、 それなりの安心がなければ、 普通の人間は、 のんびりと、 人間の生き方なんて語っていられないと思うのね。 生活におわれている人が、 あるいは、 生活上の大きな問題を抱えている人が、 人間、如何に生きるべきか、なんて、 考えていられる…

命あるもの、自我をもつものの悲しさ

命あるものの悲しさとして、 その極め付けが、 死から逃れられないってことだけど、 自我をもつものの悲しさは、 まさに、悲しさを知り、苦悩を知るってことだろうなあ。 でも、 命あるものは、命を得ているのだし、 自我のあるものは、自我を得ているんだし…

子供がかわいそう!

それじゃあ、あまりに子供がかわいそうだよ! って、 泣き出しそうになるときがあるんだ!

後悔しない生き方をしたい?

後悔しない生き方なんて、あるわけないじゃん! 人生、後悔ばっかりよ! 人生は、後悔の海を航海しているみたいなもんだ! 後悔もするから、成長もするってもんだ! もっとも、後悔に食われてしまってたんでは、成長も、前進もない! それじゃあ、航海してる…

生き方の絶対的教えというのは

残念だけど、 生き方の絶対的教えというのは、ありえないんだよ。 生きているってことが、常に新しいことだからね。 でも、 じゃあ、どうしようもないかって言うと、 そうじゃないんだ。 なぜって、 「絶対的」というのがない、ってことなんだからね。

自我肥大が自分を苦しめる。

自我の肥大が自分を苦しめる。 そのような場合には、自我の収縮が必要だ。 自我を働かせすぎないことだ。 自我をあまり刺激させないことだ。 そして、しかるべきものに、ゆだねることだ。

知らないことは、わからない!

知らない人に、知らないことを教えても、わからない、ってことって、真実として、あるよね。 わからないってことは、どうしようもない、ってことでも、 わからない人を次の二つに分けると、ずいぶん違いが出てくるんじゃないかとは思うんだ。 つまり、 わか…

自信と記憶の関係を考えてみると

試験のときに、本来の力が発揮できない人がいる。 こうした人の中に、自分に自信が持てていない人がいる。 そこで、自信と記憶との関係を考えてみるのだけど、 そういう人は、 自分に自信がないものだから、 せっかく頭の中に入れたものを、 (自分はだめだ…

好きな人に

好きな人に出会って、 幸せにしてあげたいって、 思えたら、 それは、 すごく、幸せだと思うなあ。