女と男と慈愛

・・・郡長の家の門の所に大木があった。烏が巣を作って卵を産み、卵を温めていた。雄の烏はあちこちに飛び回って、餌を求めては、卵をかかえている雌の烏を養っていた。雄の烏が餌を探しに行った後、ほかの烏が入れ違いにやってきて雌の烏と交尾をした。雌の烏は新しい雄の烏と姦通し、気ままに空高く羽ばたき、北の方に向かって飛びいき、ひな鳥を捨てて顧みなかった。時に、先の雄の烏は餌を口に咥えて持ってきたが、見れば雌の烏がいない。雄の烏はひな鳥がかわいさに、そのまま抱きかかえて、餌も食べないままに数日の日が過ぎた。郡長はこれを見て、人を木に登らせてその巣の様子を探らせると、雄の烏はひな鳥を抱いたまま死んでいた。
郡長はたいへん悲しみ、哀れに思い、雌の烏の邪淫を知ると世の中がいやになり、出家してしまった。・・・(仏教説話集『日本霊異記』)


これは1200年近く前に書かれたものだが、烏の話とは思えぬ観がある。これには前後に少しく話が連なっているのだが、なぜかその時代にも、人の世にあって、このようなことがあったのではないかと推測してしまうのである。

子や家庭を捨てるのは男ばかりのようにかつてより言われているが、男も女も、こうした営みではさほど変わらぬのかも知れぬ。