いじめの対応(学校)

いじめによる自殺のニュースは、本当に悲しい。

そして、教師の態度や学校側の対応については、不信を募らせるばかりだ。

以前にも書いたが、子供のようなレベルで大人になった教師もいるのかもしれない。
試験をさせるとそれなりの点数をとって、それなりの大学を出て、公務員試験にも受かる(いわゆる)学力はあるが、人間的には大人のレベルにまで至っていない教師がいるのかもしれない。

誰もが責任をとらずに逃げを打つ。

上のものは、下のものに責任を擦り付ける。

早くから要領を身に着けた子供は生き残るが、純粋さを保とうとする子供はつぶされていくのかもしれない。また、教育の場にいる者(教育者ではない!)からも抹殺されるのかもしれない。
もしそうだとしたら、恐ろしいことだ。

いじめは昔からあっただろう。
しかし、今と昔の状況を同じに考えるわけにはいかない。

いまや、教師だけに学校を任すわけにはいかない時代に来ているのかもしれない。

ニュースでは、
生徒の前で学校職員一同(教員一同?)が「ごめんなさい」と謝ったというが、この行為も、大人としてしっくりしない。
大人として、また教師として恥じ入り、謝罪するのは良いとしても、子供のレベルにまで身を下ろして謝るようでは、威厳を持って教育を続けていくことができるのだろうか。
今、子供を教える教育者は、子供のレベルにまでなって教える人間を理想としているのだろうか。

品格について書いておられた人がいたが、人には自らの非を認め謝罪するときでも、品格というものがあるだろう。容易に品格を捨てる、あるいは品格を持たない者は信頼すらしがたい。まして教育者においてをやである。