2009-02-08 賢ぶる人たちと 人生 #哲学 「痴を仮るも、癲せず(仮痴不癲)」(『三十六計』より「第二十七計」)という言葉がある。 賢ぶろうにもそれを持ち合わせぬ者が、己がおろかさを曝け出して金を稼ぐというのも情けないが、 賢ぶる者が多いところでは、少しばかり馬鹿になっているくらいの方が、わが身を汚さずにすむかもしれない。 もっとも、「仮痴不癲」は敵の油断を誘う策の一つである。 この策を攻め手と考えるかもしれないが、攻め手は守り手でもあることを知らねばならない。 守りは、攻めるための力の温存でもあるのだ。