自覚的存在であることを追い求める

「人生への出発点はいつかといえば、まさに受胎の瞬間とみなすべきであろう。・・・自覚的存在であるのが特徴といわれる人間なのに、その生の出発点が、自分にも他人にも気づかれないのだ。人生は発端からして人間の意識を超え、同じく終末も意識のまどろみの中で迎えるようにできているらしい。自覚的存在などとは簡単にいえなくなる。」(神谷美恵子『こころの旅』)

なるほど、自覚的存在などとはいかにも傲慢な認識と言わなければなりません。私たちは、その歴史が始まって以来、人類的にも個人的にも知らぬものの意識化にいそしんできました。それは私たちの宿命のようなものです。だから、その生き方は私たちが死滅するまで続くでしょう。しかし、それでも、私たちは完全なる自覚的存在になることはないのです。