自分を離れて自分へ帰る

「離れていく働きそのものが、そこへ帰ってくる働きの一部なのです。・・・遠くへ行くのは、自分のところへ帰ってくる道程の一部なのです。そして一たん遠ざからなかったら自分のところに帰ってこられない。」(森有正『生きることと考えること』より)

自己からの乖離と回帰の繰り返しが自分というものを成長させるのだろうと思います。

しかし、戻ってくる自分のいるところがいつまでも不確かだと、それはただ彷徨っているに過ぎなくなる。

また、時に命綱が切れたみたいに離れてしまうときがあるけれど、それでも帰れることを信じているのがよいのだと思います。

遠くへ行っては帰ってくる、この繰り返しが生涯においてながく続けられるなら、人としての成長の歩みをながく続けられていることになると思うのだけど、どうでしょうね。

遠く離れてしまったけれど、私はきっと帰って行く。やっぱり、そう思えるのがいいです!